摂理の単語帳

摂理歴12年の現役摂理メンバーが書く摂理の単語帳。

【摂理単語その34】理致





神様は理致の神様だという

原理原則が木の幹だとしたら
理致は木の枝にあたる

幹は風が吹いても動くことをしないが
枝は風が吹くままに自由にその位置を変える


幹と枝、両方あるから
神様の世界、自由が満ちている


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  1. 2008/04/14(月) 19:32:10|
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【摂理単語その33】神様の心情





神様の心情に合わせることは
地球にあるたったひとつの穴を
目の見えない人が見つけるほどに難しい。




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  1. 2008/04/12(土) 10:03:45|
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【摂理単語その32】許し





ある日、6000億円の借金をしょった男が
金を返せないので王のところに連れられてきた。

「お願いします、必ず返しますから私を罰しないでください。私を信じてください。必ず返しますから。」

王は妻子とその人の持ち物すべてを売り払うように命じようと考えていたが
哀れに思ってこの人を許し、負債を全額免除してやった。



男はあまりに嬉しさに雲をも掴まんばかりに飛び跳ねて帰っていった。
そこに、男が100万円を貸している友人に出くわした。

「待てい、このやろう。俺様に借りてる100万円、忘れたとは言わさせねえ。
今すぐ返せ。返せねえならお前を王に訴えて、くさい飯をたんとくわせてやるぞ」



この許されざる男とは。

(マタイによる福音書18:23-35 より)



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  1. 2008/04/12(土) 09:36:14|
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【摂理単語その31】地獄

photo_4288_20070913.jpg


死について知る人がいないように
地獄がどういうところなのか知る人はいない。
それについて語れる人も。

だから、それについては信じるしかない。

命について知る人だけが
死についても語ることができる。

どういう人が天国に行くのか、
どういう人が地獄に行くのか
知る人はいない。

だから、それについては信じるしかない。



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  1. 2008/04/11(金) 01:27:27|
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【摂理単語その30】福音




福音。
道にいいものが落ちていたら、拾っていかない人はいない。
道にいいものがたくさん落ちていたら、自分が拾ったのち
人にも教えにいくだろう。
ねえねえ知ってる?あそこにいいものがあるんだよ。

少年たちはしばしば悪いものをいいものと勘違いして
拾いに行ったりもするけど。

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  1. 2007/11/29(木) 01:01:52|
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【摂理単語その29】キリスト




キリスト。
あらゆる人間の中で、下の下のそのまた下から来た存在。

この地球上のどこでも、キリストの踏んでいない土地はないという。

それは、およそ人に感じられるどのような種類の悲しみや喜びだとしても、
キリストの体験していないものはないという意味だ。

キリストとはあらゆる人にとってゴミ捨て場のような存在であるが、
ゆえにそこは、静けき祈りの家でもある。
この世で最も清い者だけが、清いものとそうでないものを分別することができる。


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  1. 2007/11/24(土) 01:12:55|
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【摂理単語その28】天国





天国。
お願いだからもうやめてくれというくらい嬉しさと喜びが持続して
これは永遠に終わらないんじゃないかと怖くなるくらいで
しかし実際に永遠に終わらないような
そういうところ。

そこは最初は何もないかのように思われるけれども、
時間をかけて次第に壮大になっていくところ。
開発して、これからつくっていくところ。

つまり自分。
え?自分?
そう。自分。


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  1. 2007/11/23(金) 02:14:49|
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摂理単語その27:新婦





新婦。
摂理で生きる人たちは皆、新婦である。
というのはもちろんたとえであって実際にどうこうとか言う話ではないのだが
イエス様同様、先生は時に極端なたとえを使って話すので、
誤解されている方も多いことだろう。

実際に毎日ウエディングドレスを着て過ごしている人たちがいたら
それはそれで逆にというかまさにというか変な宗教みたいであるが
そうありたいと願っている。あくまでたとえであるが。


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  1. 2007/11/21(水) 00:36:32|
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摂理単語その26:真理





真理。法則とも言い換えられる。
この世で唯一、絶対不変のもの。

もし真理が服を着てあるいたらどういう風に見えるかというと、
至極平凡なあたりまえの人に見える。
平凡なあたりまえの人である自分が真理を着たらどう見えるかというと、
すっごく輝いてみえる。
不思議なものである。


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  1. 2007/11/18(日) 22:18:46|
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摂理単語その25:霊




スピリチュアルなお人が巷を席巻している。
霊の存在はもはや当たり前の認識になってきているのだろうか。
そのうち教科書にも霊のことが載ったりするかもしれない。

霊といってまず金縛りのことを思い出す人もいるかもしれない。
あれは怖かった。
ちなみに筆者は大人になってから金縛りにあったことはないのだが、子供だけに起こるものなのだろうか?


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  1. 2007/11/15(木) 23:38:20|
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摂理単語その24 波長

波長


波長。波長をかける。波長が来る。波長を受ける。
などの使い方をする。
気にかける、とニュアンスは似ているが
波長をかける、のほうがより霊的な感じ。

ニコニコ顔をして悪い波長の人もいれば
おっかない顔をしていい波長の人もいる。
おっかない顔をして悪い波長だと最悪だし
ニコニコ顔でいい波長なら最高だ。

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  1. 2007/11/13(火) 22:27:05|
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摂理単語その23:主

白鳥


主とはつまりキリストのこと。主人のこと。
主人といえば日本語では夫という意味もあるし、居酒屋のマスターというふぜいもある。

主を訓読みすると「ぬし」になる。
先日食べにいったとある中華料理店の主人がえらく頑固で、食べてる途中、携帯を使い出したらあやうく追い出されそうになった。が、主人なので何も言えない。



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  1. 2007/11/12(月) 23:53:31|
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義人




義人とはつまり神様が見て義とされる人。
神様が見て嬉しくて眉尻が下がってしまう人。

ところで神様の眉尻はいったいどんな感じなのかと一瞬考えたが
きっときらめく流線型のカーブを描いて、かなたを指し示しているに違いない。

神様の耳たぶはやわらかいのだろうか。
それとも鋼鉄のように固くて口に含むと火傷したりもするんだろうか?
考えるときりがない。


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  1. 2007/11/11(日) 23:11:11|
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もがき2





(再び)摂理にはもがきがある。

もし、摂理からもがきを取り去ったら何が残るだろう・・・
何も残らないんじゃないか?と錯覚しそうになるくらい、摂理にはもがきがある。

とはいえ、もがきと言ってもその字面からくる苦しみのイメージではなく
要するに新しいものを産みだすための、「産みの苦しみ」ということである。
そういう意味では、「もがき」よりも「もだえ」のほうがより意味は近いかもしれないと思うのは筆者だけだろうか。




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  1. 2007/11/10(土) 00:14:35|
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悔い改め

悔い改め。

一般的に日々悔い改めをする人は少ないが、
クリスチャンのあいだでは日常茶飯事である。

悔い改めとはひと言でいうと
神様に「ごめんなさい」をすることである。

どんなに清く正しく生きているように思える人でも
罪を犯さないで生きていくのは難しい。

しかし神様は寛容な方であるから、
どんなに重い罪を犯しても
「ごめんなさい」と謝りさえすれば
すべての罪は許してくださる
・・・というわけではもちろんない。

神様は厳しい。そして恐い。
神様がひとたび怒ったら、一瞬で地球上のすべての草木は枯れうせる。
にもかかわらず神様はそれをしない。

神様はひたすら許してくださる。
神様の心はどこまで寛容なのか、
イエス様はそれを「7回を70倍するまで許してやりなさい」
という言葉で表現した。
だからといって、490回まで罪を犯しても全然オッケー
というわけではもちろんない。

それくらい神様は許してくださる心を持っているということだ。

なのに。
ああ、なのに。

人間は罪を犯す。

だから神様と人間の歴史は
「ごめんなさい」と「いいよ」の繰り返しの歴史である。

  
 +++


「神様、ごめんなさい」
「いいよ、許してあげようそのかわり二度と罪をおかさないように」
「わかりました」
<つぎの日>
「ごめんなさい、またやっちゃいました。もう二度としません」
「わかった。ほんとうにこれから二度としないならいいよ」
<つぎの日>
「ごめんなさい、また・・・」
「もうしない?」
「はい、もうしません」
「わかった。ならいいよ」
<つぎの日>
「か、神様・・・」
「あなたは馬鹿なの?」
「馬鹿です」
「そんなはずない。私の性格に似せてつくったのだから。もういちどがんばりなさい」
「わかりました。もう二度としません」
<つぎの日>
「ううっううううっ」
「泣いても駄目だよ」
「神様、罪から逃れられません」
「そこをがんばるのが人間の責任だ。がんばれ。お前ならできる」
「無理です」
「できるといったらできる。信じなさい」
「神様が共にしてくださればできます」
「共にするに決まってるじゃないか。さあ、もういちどがんばれ」
<つぎの日>
「もう死んだほうがましです」
「落ち着きなさい」
「ここから飛び降りて今すぐ死にます」
「死にたいんなら勝手に死ねばいい。お前を見損なった。お前は本当の馬鹿者だ。私の心を知らないからだ。この馬鹿。何度罪を犯しても、何度でも悔い改めなさい。罪を100万回犯しても100万回悔い改めるなら、罪を1回だけ犯してもその1回を悔い改めない人よりもまさったものだ。お前は私の心をわかっていない。もうお前なんて知らない。勝手にしろ。こう言われて悔しかったら、もういちどがんばってみろ」
「ううっうおっうおっ(嗚咽)」
<つぎの日>
「神様・・」(つづく)


  +++


だから人間にとって悔い改めは必ずしなければいけないことだ、と思う。


今日の摂理単語は悔い改め。悔い改め悔い改め悔い改めっ!!



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  1. 2007/08/24(金) 01:39:13|
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心情2

心情。


たとえるならそれは自分の中に大きな湖があって
長年の干ばつでその湖はカラカラになっていて
何年も何年もその状態がつづいて
道行く人がそこをとおりかかっても
もうそれが湖なのかなんなのかわからなくなっていて
ある日偉い役人の人が来てそこを発見すると
「こんなに土地があまっているのにもったいない」
と言って
そこを埋め立てて宅地を造成しようともくろみ
業者を呼んで談合させたあげく巨額の献金を手にし
ウハウハになった業者はやれうれしやとばかりに
早速工事の準備を整えにかかったが
そこへひとりの老人がとおりかかり
「明日、降る」
と忠告というよりはどちらかというと独り言に近い言葉をつぶやいて
そのままどこかに行ってしまった

その言葉通り次の日
100年にいちどの大雨が降って
湖にはみるみるうちに水があふれ
しかもその雨は一日では降り止むこともなく
これまで我慢してきたものを全部吐き出そうとでもするかのように
何日も降り続き
何日どころか何ヶ月も降り続き
何ヶ月どころか何年も何十年も何百年も降り続き
とうとうその星には陸地がなくなって
海だけになってしまい
かろうじて海底シェルターに生き残った人類は
このままじゃこの星が壊れてしまうと思って
神様に祈り求め
雨を降り止ませてくださいと涙ながらに祈った

それでもその雨は降り止まず
まるで神様も雨をどうやって降り止ませたらいいのか
わからなくなったしまったかのようにさえ思えたので
もう人間もあきらめて
「こうなったら好きなだけ降れ」と
雨が降るのも無視して生きることに決めた

かくして永遠に雨が降り止まない星として
全宇宙的に有名になった
そういう星があるという

たとえるならばそんなような。


今日の摂理単語は心情。
一度心情を受けた人の上には、ずっと雨が降り続ける。


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  1. 2007/08/22(水) 23:55:09|
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聖地

聖地。摂理には聖地がある。
かの国にある、かの人の故郷である。

ここはスゴイ。
この世に人間として生まれたなら、
トルストイの「戦争と平和」を読まずに死んではいけないというが
この場所もしかり。
人間として生まれたならぜひ一度訪れてみるべき場所だ。

いろいろスゴイのだが
なにがスゴイといって
まず、岩がすごい。
この場所にいくと必ず「自分の岩」がある。

ここには巨大な岩が造景としてたてられているのだが
そのひとつひとつにエピソードがあり、たてられた理由がある。

誰でも、自分に関してのエピソードを、
自分が自分である理由を、他の人にすべて語るのは難しい。
たとえ語ることができたとしても、
それを表現することはもっと難しい。
しかしその岩をたてた人にとって
会ったこともないし見たこともない自分だったとしても、
ここに来れば
その人は必ず自分の岩を発見することができる。

そしてここにある岩は決して倒れない。
すでに何度も倒れたからだ。
何度も倒れて、倒れて、その都度建て直した。

自分はここに来て
倒れないということはつまり
何度でも立ち上がるということなのだということを
深く感じた。


倒れないということは「ずっと倒れない」ということではないのだ。


このほかにも語ることは多くあるが
ここに来ると毎回、必ず何かを学ぶことができる。


今日の摂理単語は聖地。読者よ、これについてもまた書く。
ここはスゴイぜ。


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  1. 2007/08/22(水) 23:25:51|
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不平不満

不平不満。不平不満とは神様に(時には人にも)ブーたれることである。

資本主義経済の中では不平不満はあまり問題視されない。
不平不満を持ちながらも「いらっしゃいませ」と笑顔で応対できればいいのであるし
不平不満を持ちながらも決められた時間に出社すればいいのである。

不平不満を持ちながらもその人のつくったコロッケがおいしければそれでいいし
不平不満を持ちながらもその人の笑いがウケればそれでいい。
不平不満を持ちながらも結果を出せる人が重んじられる。

こうして不平不満をかかえながら、状況はどんどん流されていく。
しかし、別のところでその人の不平不満はちゃんとカウントされている。


そしてふりだしに戻ることになる場合もあるし、そうならない場合でも、ちょっとすごいことになる。



ところで、
神様が天使に命じて、
「この世の人たちが私に対してどう言っているのか、言葉を集めてきなさい」
と言った。

天使の集めて来た言葉はほとんどが神様に対する不平不満だったという。


今日の摂理単語は不平不満。
読者よ、朝早く起きてつけたテレビのチャンネルが1だったりすると

「不平や不満を言うよりも  進んであかりをつけましょう」

という清らかなメッセージが聞こえてくるが、
あれはささる。

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  1. 2007/07/26(木) 18:32:06|
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もがき

もがき。読者よ、もうすでにお分かりのことと思うが
このブログでは
「摂理以外でそんな言葉使わねーよ!」
という言葉をあえて優先的に選んで解説している(つもり)。

もがき。摂理ではよく使うが
一般的にはあまり使わない。

「最近、もがいてない?」と言ったら、摂理ではふつうの挨拶だが
一般的に使ったら翌日から友人の視線が冷えるだろう。

読者よ、あえて言おう。
摂理人は
摂理の使用言語と一般的な使用言語との間にズレがあることに
気づいている。

だが、それに関しては
「それでも、まあいいじゃない」という層と
「それではいかーん!!」という層と
「このままだと、俺死ぬかも」という層に分かれている。

そういう意味では
このブログは一般向けであると同時に、摂理向けに書いているとも言える。
読者よ、実は読者とはあなたのことなのだ。

読者よ、一般的な感覚とあまりにもずれすぎているのもよくない。
だが、神様の感覚とあまりにもずれすぎているのはもっとよくない。
感覚を磨くしかない。これももがきのひとつなのだ。


もがき。今日の摂理単語はもがき。
もがきについて解説していたつもりが、別の話になってしまった。
読者よ、でも、そう思うでしょ?

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  1. 2007/07/06(金) 08:57:32|
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良心

良心。
良心は誰の心の中にもある。
(ハイ、ない人は手をあげて)
良心は嘘をつけない。

えてして心が思っていることと反対のことをしたり言ったりしてしまうのが人間だが、
そんなときには良心が痛む。

自分の勝手な分析だが、
日本の摂理人は信仰よりもむしろ良心でついてきているところが大きいと思う。
無宗教をベースとした現代社会に生きている日本人には
キリストとか救いとか言われても最初はよくわからないからだ。

自分も摂理に来る前は、無宗教だった。
だから、今でもまだまだわかっていな部分が多いと自覚している。
(体験した分だけ、わかっている部分もそれなりにある)

なんで自分が摂理についていくのか。
先生がいるから、という以外に理由がない。
自分が摂理についていく理由を考えてみたときに
先生がどういう人なのかわかったから、という思いよりも
先生が自分に対してしてくれたことを思う思いのほうがはるかに大きい。

先生が自分にしてくれた一番大きなことは、
神様がどういう方なのかを教えてくれ、
どう接すればいいのか、
どうすれば神様に喜ばれるのかを教えてくれ、
神様を信じることができるようにしてくれたことだ。

こんなにもはっきりと、神様のことを教えてくれた人はいなかった。
はじめてみことばを聞いた日、こういう話が聞きたかったと思った。

どんな人にも、良心がある。
(ないに等しい人にも、昔はあった)
神様を信じてる人もいない人も
神様が好きな人も嫌いな人も
神様を愛する人も神様に無関心な人も
良心を持っていない人はいない。
(たとえ今なくても、昔はあった)

良心のあかしには、逆らえない。
心が思うことと違うことをしたり、言ったりするのは苦しいものだ。


今日の摂理単語は良心。読者よ、ではまた明日。

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  1. 2007/07/06(金) 08:07:33|
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